中川紀篤

中川紀篤ってどんな人?

1964年6月5日生まれ。神奈川県川崎市出身。

1987年明治大学商学部卒。洋酒メーカー、
外資系国際見本市主催会社を経て、1992年日経BP社に入社。
展示会事業を行う事業部を立ち上げた後、
販売部に異動し、日経パソコン等パソコン誌の
ダイレクトマーケティングを担当。

2000年に日経パソコンで販売部数35万部を達成し、特別社長賞受賞。

その後ベンチャー企業に移り、広報室長として上場準備を経験。

2004年に独立し、有限会社ブランディングハウスを設立。

“自己変革プロデューサー”として、
その人らしさを見つけるためのコーチングやカウンセリングをする一方、
2010年から日経BP社が主催する管理職向け講座
「課長塾®」の講師及び企画コーディネーターを担当。

「自己の問題解決」「アクションラーニング」や
「免疫マップ」など自己意識変革を中心とした研修・講演を行っている。

米国NLP協会認定プラクティショナー、
Immunity to Change®認定ファシリテーター、
米国CCE認定GCDFキャリアカウンセラー、
JIAL認定アクションラーニングコーチ、認定レジリエンス・トレーニング講師、
インバスケット認定トレーナー、POY認定トレーナー、
BobPikeグループ認定プロフェッショナルトレーナー、
6seocnds認定EQACアセッサー、DISC認定資格者。

モットーは「一生現状不満足」。現状に留まることが無性に嫌。
常に自分を向上させていないと気が済まない、というか、不安。

趣味は社会人から始めたテニス。
週末となればスクールに行ったり知人とゲームを楽しんでいる。

また幼少期からギターを嗜み、学生時代からバンド活動をしていたが、
最近はアコギを爪弾く程度。

性格分析も好きで、エニアグラムのタイプは3の2ウィング。
ストレングスファインダーTOP5は
「収集心」「コミュニケーション」「学習欲」「社交性」「内省」。

もうちょっと中川紀篤を知りたい方だけ、
幼少の頃からの、
もう少しだけ詳しいプロフィールをどうぞ。

中川紀篤

川崎市の武蔵小杉の辺りで生まれ育ちました。
今でこそ武蔵小杉は人口も増え、住むのに人気ある場所で騒がれているけど、
私が生まれ育った頃は、ただの工場街でした。

自分の幼少期は2つの理不尽から形成されてるのかもしれません。
ひとつ目の理不尽は、父親が自分の幼少期における心の壁だったということ。
とにかく私にとっては怖い父だったんです。

物心つくくらいまで、仕事から父が帰ってきたら、
無邪気に玄関に迎えに行ってたり、
車に乗ってどこかに連れていってもらったりすることも
薄っすら記憶にあるのですが、
いつ頃からか、なんかあると引っ叩かれるようになったんですね。

たとえば、ご飯を食べる時、著の持ち方が悪かったり、
テレビによそ見しているとすぐに手が飛んできました。
また母親に口答えをしていると、別の部屋から飛んできて叩かれました。
物心ついてからは、ずっとそうだったので、
父とほんとまともに口もきけなかったですね。

そういう、幼少期の父との出来事の記憶がは、
心のかさぶたとしてまだ残っています。
父はエンジニアで、家でもあんまり喋らず、
母も「この人はほんと何を考えているんだかわからない」
って言ってたくらいの人でした。
なんで自分はこんなに父親に憎まれなくてはならないんだろう?って、
ずっと悩んでましたね。

こんな親でいいのか?
とか、自分はほんとは拾われてきたんじゃないのか?
と真面目に考えたこともありました。

そんな葛藤はずっと解消せず、確か高校生の頃、本屋で見つけた
「親業(おやぎょう)」って本を手に取り、それを購入するんです。

親業

親業(おやぎょう)-子どもの考える力をのばす
親子関係のつくり方
トマスゴードン(著)出版社:大和書房

読んだ内容のことをあまり覚えてはいなかったのですが、
父というものに対して恐れという意識が、
幼少期から社会人になるくらいまでありましたね。

父と普通に口がきけるようになったのは、
自分が25歳くらいなったとき、家が火事になって、
両親が落ち込んじゃってるところに私が、

「あとの処理とかは、俺が中心になってやるから」

って言うことが出来たとき、
それまでは、ほんとまともに口をきくことができなかったのですが、
自分の中で大きくモードが変わった。そういう体験をしました。

中川紀篤

ふたつ目の理不尽はアトピーです。
幼少の頃からアトピー持ちで、中学や高校では、
冷やかされたり、無視されたりがよくありました。
アトピーになりたくてなってるわけではないですからね。
これも自分としては理不尽なワケです。

「なんで、俺だけアトピーなんだよ」って思ってましたし、
人の目は気になるし、アトピーが悪化すると学校行くのいやですし、
行ったらやっぱり冷やかされるワケで、
こんな理不尽なことはなんで起きるんだ?って、ずっと葛藤していました。
そのときに、そんな自分の傷ついた心を癒やすために、
よく心理学の本を読んでいました。
当時は心理学の本って、いまほど多くなくて、
PHPの文庫本とかの加藤諦三さんの本を何冊も読んでいました。

ただ痒いだけならまだしも、自分が見た目を気にする性質があり、
良く見られたいという価値観が強くあるから、
私にとってアトピーはとても辛いことでした。

よく見られたいことと、アトピーで顔が真っ赤というのは、
希望することとは真逆の結果ですから非常に辛い。
人目が気になると、自分を守りたいと思う気持ちから、
人に対し攻撃的になるようなことがあったり、
アトピーによる悪循環で苦しい時期が長かった気がします。

だからなのか、人の気持ちの浮き沈みに対して、すごく敏感になっています。
気持ちが沈んだ人が近くにいるとすぐ気付くし、声をかけたくなってしまう。
今でこそ、こういう話が人にオープンに出来るようになったけど、
一昔前はまったく言えなかったんです。
アトピーのアの字も言いたくなかったくらいですから。

中川紀篤

不思議なのは、アトピーに悩み、苦しめられているのに、
営業の仕事をするようになり、ずっと、人と向き合って仕事をしてきたことや、
ここ最近は、講師として人前で話す仕事をするようにもなっていることです。

講座のコーディネーターとしては、会場に常にいて、
参加者の悩みや課題に寄り添いながら、サポートをしている時もあり、
常に人と相対しながら生きています。

父親の理不尽さを解決したいという思いから手を伸ばした『親業』という本や、
著者のトマスゴードン先生は、臨床心理学者として、親子関係のほかにも、
人間関係をよくするためには?というテーマで、
執筆やほかの活動を精力的におこなっていた方だということを、
この仕事をするようになってから知る機会があったのです。

実は数年前、独立後に、たまたまある本を手にして読んでいたときに、
「この本を書いた人は、俺の考え方にそっくりというか、
俺の考えていることを見事に代弁してくれているなあ~」
と感動して、著者のプロフィールを調べてみたら、
なんと「親業」を書いたトマスゴードン先生だった…なんてことがあったんです。

つまり、自分が幼少の頃から苦しんだり、思い悩んだり、
それを解決しようと四苦八苦したことというのが、
いまの私の仕事や活動に全て結びついているとわかったときに、

これでよかったんだ

と妙に納得できたんですね。
なんか導かれてるものがあるような気になったんです。
なので、こういった仕事をしていくことは、運命のような気がしているので、
確信持って進んでいくつもりです。

基本的に、学ぶのが好きなので、これからも、いろいろ学び、それを取り入れ、
引き出し(ネタ)をたくさん持っていて、それらが混ざり混ざって
中川紀篤というオリジナルになるという感じがいいと思っています。
自分じゃなくても教えられるものはやりたくないし、
同じ講義を何度もやるのは向いていません。
1曲ヒット曲を出したあとは、
ずっとその曲でコンサート会場をまわるような人生はヤダ。
ジャズセッションのようにその場の雰囲気とか、
その時に強く影響されるものから表現を変えていくスタイルで
いつづけたいそう思っているのです。

人にとって、とっつきづらかったり、小難しいと思われているコンテンツを習得し、
それをわかりやすく表現することが得意なので、
これからも、そういった活動を、自分のペースで進めていきたいと思っています。
私はそんな人間です。

実践!コンフォートゾーン